マロン的じっか通信

アクセスカウンタ

zoom RSS 撮りたい「景色」を整理する。そのA

<<   作成日時 : 2009/04/22 17:00   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

画像


東山魁夷という日本画の巨匠が居て、私は氏を尊敬しているし、氏の描く絵が好きだ。
そして氏の絵に対する姿勢を金言として手帳に記し、写真を撮るときの基本スタンスに
もしている。

要約すると

「絵になる美しい場所を探すのでは無く、何気ない風景でもじっくりと見据えていれば
おのずと描きたくなる景色に出逢う事が出来る」

と言った感じになる(これは写真表現にも完全にあてはまる)。

恐らく氏がそういう感性で捉えたのであろう作品に「農村風景」を描いた一連のものが有る。

これは白馬シリーズの幻想的な風景画等と違い、いかにも生活観溢れる古き良き
”故郷の景色”と言った風情のもので、若干写実的な絵だったりする。

私の撮りたい景色は正にこの「農村風景」なのだ

もちろん雄大な自然にも興味は有るし、世界遺産と言われる建物や町並みも好きだし
当然撮ってみたい。でも、それらより増して、このごくありふれた農村風景が撮りたい
景色だったりするのだ・・

強いて言えば故郷の新潟の農村風景をとりたい。
でも「絵になる場所を探すな」と言う氏の金言を肝に銘じて目を転ずれば、私の済む町
にも穏やかな農村風景が広がっていて、その空気感が表現できれば、私としては幸せ
なのである。

画像


ここで問題と成って来るのがカメラの性能だ。
(尚、この際自分の腕前は棚に上げておく方が話は整理しやすい)

旅行先で家族との記念写真を撮りたいので有れば、構図や露出程度は気にしても
後は何も考えず極力シャッターチャンを探すだろう。

でも、そういうものとは別に”表現したい景色”と言うものが存在するのだ。
この絵で言えば、風に揺れる菜の花の可憐さで有り、川面を渡る春風や、それにより
波立ち煌く川面の美しさだったりする。
そして、そういった穏やかな春の日差しの中で、汗して農作業をする農家の人たちの
日常の営みこそが「撮りたい景色」なのだ。

画像


絵画であれば、技術力が有れば、それらを組み合わせて表現する事が出来る。
でも写真と成ると、そうもいかない(そこに写真の面白さも有るわけだが)

上の2枚の写真は撮影「年」が違う。
この地を定点観測(撮影)をしているが、今の所私の表現したい”印象風景”を良い
タイミングで撮影出来た試しが無い。

川面が煌く為には太陽の反射角が重要で、おのずと撮影時間帯は決まってくるし
天気が良くて、程よい風が吹いている必要も有る。
で、その時に良い具合に農作業をしている人たちが居てくれないと困る訳だ。

毎日、2時間以上粘れるのなら表現したい景色に出逢える可能性は高くなるが
この場所は通勤途中にあって、せいぜい好条件の日に十分程度粘れるのが
関の山だ(サラリーマンなんだもの、そりゃ当然だよね)。

必然的にデカイ一眼レフは持ち歩けない。

そうなってくると「一眼レフは必要なのか?」という問題が浮上してくる。
いや、もちろん必要なのだ。と言うより「じゃぁ不要なのか?」と考えた時に絶対に
「必要」なのだ。
でも今の時点で、最高性能の一眼レフが必要なのか?と自分に問い直すと
回答が揺らいできてしまうのだなぁ〜

だからこそ、こうやって自分の考えを整理しているわけなのだけれど・・・・

果たして、結論は出るのだろうか?

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
撮りたい「景色」を整理する。そのA マロン的じっか通信/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる